さぽろぐ

  日記・一般  |  その他北海道

新規登録ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、30日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  

Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2012年09月24日

題字をいただきました



『戦譚シャクシャイン』の題字をツイッターのフォロワー様より戴きました。
ぼそっと呟いたところに反応いただき、ありがとうございました。
いただいてから時間が空いてしまい、紹介が遅れましたことをお詫び申し上げます。
作者様と全体図はまた改めて紹介したいと思います。  

Posted by 赤崎いくや at 17:41Comments(0)戦譚シャクシャイン

2012年09月20日

松前泰広到着、シブチャリ軍撤退



江戸より派遣された松前軍総大将・松前八左衛門泰広



シブチャリ軍、陰の総大将・越後庄太夫

寛文9年8月25日、新暦で1669年9月20日。
シブチャリ軍が撤退を始めました。
8月4日の国縫~長万部の衝突以降、各地でゲリラ戦を展開するも敗戦が続き、そこへ松前泰広が江戸軍を連れて現地松前軍と合流。シブチャリより援軍があるも、兵糧不足と松前軍の強化からの撤退と言われています。

実はこの松前泰広の江戸軍、合流するものの幕府からの老中奉書が無ければ動けない状態でした。
数日後に藩主松前矩広とこの松前泰広宛に老中奉書が届き、正式に討伐の命がおりることとなります。
泰広はそこから軍を再編し、松前に近しい味方蝦夷の懐柔を行い、シブチャリ軍の分断工作を開始します。

松前藩視点からすると、泰広の到着はいい目くらましになり、シブチャリ軍同様兵糧不足の危機にあったものが救われて、ギリギリセーフなところがあったんでしょな。
泰広の到着まで蔵人率いる松前軍はよくねばったと思う。うん。



おまけ。松前鬼太夫の嫁さん。左からぴち嫁、やっち嫁、だゆん嫁。  

Posted by 赤崎いくや at 17:51Comments(0)戦譚シャクシャイン

2012年09月07日

長万部戦


長万部戦のメインはカン君対蔵人と信じてやまない。
しかしカン君が参戦していた記録はない……。

寛文9年8月4日、新暦で1669年8月30日。

国縫~長万部にてシャクシャインの戦い最大の衝突がありました。
松前軍は六百人ほど、シブチャリ軍は五百人ほどの軍勢だったといい、数日前より小競り合いがあるものの天候が悪く、進退つかず。
シブチャリ軍は奇策を用い、松前軍は鉄砲を主力に戦ったようです。

シブチャリ軍の奇策は、わら人形を使ったおとりや戦死者をすぐに隠すなどの目くらまし、弓兵の位置などがあるようです。
松前軍は鉄砲で戦う一方、シブチャリ軍の船や拠点の破壊、現地首長格の連行など、戦術のスタンダードをいった感じですかね。


カン君と蔵人、義弟コンビの心の友、ぴちともーさん。
私のお気に入り二人はまあ、いつもこんな調子です。  

Posted by 赤崎いくや at 17:08Comments(0)戦譚シャクシャイン