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Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2015年01月08日

マサピロ




慶廣と同い年の異母弟、正廣。

家督を狙って慶廣に対して謀反を働いたとか記録されていますが、赤崎としてはどうもそんな風には思えず。妄想がはかどります。

彼のイメージ曲がぱふーむの曲なもんで、その振り付けでポーズとらせてみた。。。  

Posted by 赤崎いくや at 23:09Comments(0)創作戦国

2015年01月07日

キャラクターとしての崇廣公




松前伊豆守崇廣、松前12代目藩主。
またの名をバイリンガル老中(違います)
ご本人の写真が残されているので、なるべく似せようとはしたもののご覧のとおり。

そして赤崎には、描きなれてくるとかわいくなる病があるため、彼には男らしいままで描けるよう、けっこうそれなりに、なんとなしに気を遣っています。余裕があって、自信ありげな笑顔がよく似合う人です。

ツイッターのフォロワーさんから、良い笑顔の崇廣公の写真を見せていただいて、惚れました。
この殿様、なんでそんな萌え度高いの、素敵やん……。

それからというものの、殿のキャラクターは自信家でおちゃめな感じに。  

Posted by 赤崎いくや at 23:00Comments(0)松前藩安政組

2015年01月06日

適山効果




適山を描くにあたり、絵師の道具を調べたり、日本画を調べたりしていたわけですが、やはりそこは沼でした。

日本画とひとくちに言っても、細分化されていて浮世絵だの水墨画だのあり、適山の得意分野は南画でした。南画なんて聞いたことのなかった赤崎、とりあえずオンラインで調べてみると、なんとなく見たことあった。

描画方法なんてのも図書館で調べた。どういうわけか、日本伝統色の配色とか着物模様の流行り廃りなんてのも調べ始めた。沼と沼はつながっていました。

天正期が人間模様、寛文期が事象の関連性に力を入れていたとしたら、適山たちには文化的なものに力を入れてみたかったのかもしれない。そんな自己分析。  

Posted by 赤崎いくや at 22:26Comments(0)松前藩安政組

2015年01月05日

またよろしくお願いします



新年明けましておめでとうございます。
またブログを再開してみようと思い立ち、なにもネタがないにも関わらずとりあえず描きました。

結局、画家・熊坂適山から沼にはまり、幕末らへんの人物たちも追うようになって、適山の弟の蘭斎、松前12代目藩主の松前崇廣、家老の松前勘解由とキャラクターが増えてきました。
節操ないことに自信があります。

またよろしくお願いします。  

Posted by 赤崎いくや at 23:59Comments(0)日常・その他